シルバーの城郭城址の散歩道「大垣城周辺の城址09」(揖斐郡春日・谷汲・藤橋・徳山・坂内)の城址を収録しました。
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このページで紹介する城址の一覧表
揖斐郡(春日・谷汲・藤橋・坂内・徳山) 地区15箇所の城址を紹介します。 |
春日(旧村) |
100.池戸(いけっと)城跡(春日村池戸)、101.小島城跡((おじま)(揖斐川町春日六合東山)、 101-1.上狩宇城跡(揖斐川町春日六合東山)、 101-2.下狩宇城跡(揖斐川町春日六合東山)、 102.川合城跡(揖斐川町春日・川合=春日小学校)、102-1.さざれ石公園(揖斐郡春日川合) |
谷汲(旧村) |
103.深坂陣屋跡(揖斐川町谷汲深坂)、103-1.円立寺(揖斐川町谷汲深坂)、 104.深根陣屋跡(揖斐川町谷汲深根)、104-1.渡船場跡(揖斐川町谷汲深根)、 105.野村陣屋跡(揖斐川 町谷汲大洞・大野町野)、 106.長瀬城跡(揖斐川町谷汲長瀬字殿屋敷)、 107.府内城跡(揖斐川町谷汲長瀬)、108.伊野小坂の山城跡((揖斐川町谷汲岐礼)、 109.高科砦跡(揖斐川町谷汲高科)、 |
藤橋(旧村) | 110.杉原砦跡(藤橋城・揖斐川町藤橋東杉原)、 |
徳山(旧村) | 111.徳山城跡(揖斐川町徳山本郷)、112.徳山屋敷跡(揖斐川町徳山)、 |
坂内(旧村) | 113.坂本城跡(揖斐 川町坂内坂本)、114.小谷山城跡(広瀬城跡(・揖斐川町坂内広瀬)、 |
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揖斐郡春日(旧村) 村内の3箇所の城址を紹介します。 |
100.池戸(いけっと)城址 岐阜県揖斐郡春日池戸 |
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名阪近鉄「樫村」バス停 |
池戸城址 |
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池戸城址 旧春日村樫村のバス停の粕川の対岸が城址です。、川が蛇行し河川段丘が突き出した台地上にあったとされます。 |
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池戸城址はバス停の川向うの川が蛇行した上あたりと言われています。 |
101.小島(おじま)城址 岐阜県揖斐郡春日六合 |
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小島城址は「上臈谷不動明王堂」です。 |
入口は県道32号「樫村」バス停から旧道へ入り、 |
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小島城址 |
「小島(おじま)城址」の途中までクルマで登れます。 |
「上狩宇」へ登る途中に、脇へ登り道があり「矢印」と案内板があります。 |
しばらく登ると車数台が置けるスペースと小島城址の遊歩道があります。 |
小島城址 |
「上狩宇城」と「下狩宇城」 |
駐車場へ戻り道を更に登ります。
101-1.上狩宇城址 岐阜県揖斐郡春日六合 |
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「小島城址」の上方の「上狩宇」地区にも多数の民家があります。 |
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陽当たりの良い製茶には絶好の土地の様です |
上狩宇城址の証(小島城主の居宅跡) |
天空の地「連歌」 |
上狩宇城跡は碑より下の「金髪神社」境内と言われています。 |
上狩宇地区より下り粕川へりまで下りてくると「下狩宇」地区があります。
101-2.下狩宇城址 岐阜県揖斐郡春日六合 |
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「下狩宇」地区の川がカーブして流れる場所に出島のような場所に |
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102.川合城址 岐阜県揖斐郡春日川合 海抜 238m |
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「川合城址」碑なし |
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川合城址 |
城への上り口に「六社神社」があります。 |
「春日小学校」が城跡と言われています。 |
城址を全部収めようと裏山に登りましたが無理でした |
川合城址(春日小学校)から長谷川に沿って8kmほど遡り、
山向こうの垂井町岩手との境になる「岩手峠」近くまで進むと右手にあります。
その途中に住家が散在するのには驚きました。
電気は来ているようなので安心しましたが、生活用品はどうしているのでしょう?
102-1.さざれ石公園 岐阜県揖斐郡春日川合 海抜 238m |
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揖斐郡揖斐川町谷汲 地区内の7箇所の城址を紹介します。 |
103.深坂陣屋跡 岐阜県揖斐郡揖斐川町谷汲深坂 海抜 106m |
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深坂陣屋跡 |
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「円立寺」西の小さな橋の袂を山側(北)に入る道を100mほど進むと |
イノシシ避けを越えて進むと石垣も残り陣屋の遺構と木碑がが見えてきます。 |
碑の向きが反対なのか裏へ回らないと陣屋址の文字が読めません |
道の入口に案内がないので地区の人も関心のない人は知りません。」 |
陣屋の歴史 |
この地区を訪ねたとき、地域の方々が「深坂陣屋址」「深根陣屋址」について間違えて教えて下さった場所。
103-1.戸田伊豆守民栄顕彰之碑と 岐阜県揖斐郡揖斐川町谷汲深坂 |
地元の人が「深坂陣屋址」でないかと教えて下さった場所。 |
地元の人達も忘れ去られた三つの碑 |
円立寺の山門は「深坂陣屋門」が移築されています。
103-2.永應山圓立寺 岐阜県揖斐郡揖斐川町谷汲深坂 |
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円立寺 |
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県道251号側は裏門で正門である移築された「深坂陣屋門」は |
新道に面した石柱は裏門です。 |
深坂陣屋の移築門 |
何の説明文もありません(お尋ねしたとき住職が教えて下さった) |
円立寺から更に東へ進むと
104.深根陣屋跡 岐阜県揖斐郡揖斐川町谷汲深坂深根 |
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画面に見える一番奥の家の裏が「深根陣屋址」です |
一番奥の家の横を通りさらに奥へ |
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地元の人もこの奥に碑なんか無いとの事でしたが |
雨が降っても掛からないように木陰に建てましたが、いずれは倒れるでしょう。 |
「本陣屋敷
成績義校 址」と読めます。 明治19年に三要義校・成績義校・咸寧義校の3校が合併し、坂内尋常小学校と改称しました。 |
「深根陣屋址」や「深坂陣屋址」を訪ねまわっていると「渡船場跡」もあったことに気づきました。
104-1.渡船場跡 岐阜県揖斐郡揖斐川町谷汲深坂深根 |
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深根地区の街道の分岐に地蔵堂がありその裏に「渡船場跡」の碑があります |
昔はこの向こうの田圃が池だったそうです。 |
野村陣屋は手掛かりがありませんでした。
105.野村陣屋跡 岐阜県揖斐郡揖斐川町谷汲大洞 |
地元でいろいろ調査しましたが地元では知らないとのこと。
105-1.郷蔵跡 岐阜県揖斐郡揖斐川町谷汲大洞 |
「郷蔵跡」と陣屋跡 |
揖斐川町谷汲大洞には「野村陣屋」は無かったと思います。 |
106.長瀬城跡 岐阜県揖斐郡揖斐川町谷汲長瀬字殿屋敷 |
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長瀬城址 |
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長瀬城址 |
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長瀬城址は長瀬小学校の東 |
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長瀬城址の歴史 延元二年(1337)の谷汲の合戦前に南朝方の武将で宇津志城主(根尾)の堀口貞満がこの地に何らかの砦を築いたのが最初と考えられます。 文和二年(1353)に北朝後光厳天皇が小島城に逃れた際に鷹司忠経が随行し長瀬に住み、忠経の子の冬基が長瀬城主となり土豪化し、土岐氏、その後、斉藤氏に属しました。 天文十六年(1547)に斉藤氏に属していた九代正光は土岐氏を庇護するという名目で攻め入ってきた織田勢と戦い、正光と弟の光政は討死iし長瀬城も落城し廃城となりました。 |
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更に奥に城址碑があります |
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更に進むと「長瀬城跡」碑があります |
長瀬城址碑のある近くには「谷汲温泉」があります。 この日は休日だったので簡単に入れたのかもしれません。 |
107.府内(ふない)城跡 岐阜県揖斐郡揖斐川町谷汲長瀬 |
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城址は稲荷神社の東側付近 |
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府内城址 |
稲荷神社が終点の道で車を駐車するスペースがない |
すぐ前の家の犬が激しく吠えるので、家の人に話を聞こうにも |
108.伊野小坂の山城 岐阜県揖斐郡揖斐川町谷汲岐礼 海抜 114m |
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伊野小坂の山城跡 |
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目印のない城跡です。 |
国道255号線から入ると「樽見鉄道」の上に架かる橋を渡り |
山頂には碑も案内板も無いそうです。 |
109.高科砦跡 岐阜県揖斐郡揖斐川町谷汲高科 海抜 112m |
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高科砦址 |
地元の人に尋ねたら簡単に「そこの白倉神社が城跡だ」と教えてくれました。 |
城址碑や遺構など探しましたが見つかりません。 |
地元の人の話を信じて変えることにしました。 |
揖斐郡坂内・藤橋・徳山(旧村) 地区の5箇所の城址を紹介します。 |
7−藤橋(村) | 110.杉原砦(藤橋城・揖斐 川町藤 橋東杉原)、 |
8−徳山(村) | 111.徳山城(揖斐 川町徳山本郷)、112.徳山屋敷(揖斐川町徳山)、 |
9−坂内(村) | 113.坂本城(揖斐 川町坂内坂本)、114.小谷山城(広瀬城・揖斐 川町坂内広瀬)、 |
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110.杉原砦址 岐阜県揖斐郡揖斐川町藤橋東杉原 |
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杉原砦址 |
土産店と食事処を営むご主人は此の「武山神社が砦址だ」と説明してくれました。
「証拠は七人塚がある」との事でした。
藤橋城の歴史 |
風聞 七人塚 以来七人の忠誠を称えて、ここに村人達のてによって祀られてきた。 |
新藤橋模擬城の天守はプラネタリウム
竹下内閣の時の「故郷創生資金」で整備された城と民家で、今では維持費が大変とか。 |
111.徳山城址 岐阜県揖斐川町徳山村本郷 |
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今は徳山ダムの湖底が城址です |
112.徳山屋敷跡 岐阜県揖斐川町徳山村本郷 |
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今は徳山ダムの湖底が城址です |
113.坂本城跡 岐阜県揖斐川町坂内坂本 |
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城跡は分かったが |
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坂本城址 |
そこで他の人に聞くと「かみ(上流)にある発電所からなら登れる」とのこと |
教えられた通り橋の手前で狭い道へ入ると「イビデン水力発電所」が見えました。 |
先ほどの話の「今は人がおらんしあなア」の意味は発電所が無人化されてるということでした。 |
柵に沿って裏へ回ると登り口らしきところがあるので近寄って見ますと |
水圧鉄管の上を村の人が言うように、上へ上がる階段はありますが |
村の人の話ではここを登って行くと城址へ行けるそうです。 |
114.小谷山城址 岐阜県揖斐郡揖斐川町坂内広瀬 |
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小谷山城の歴史 |
小谷山(広瀬)城址碑 |
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小谷山(広瀬)城址 |
目印 |
登山道へ |
約20分ほど登ると石段後らしき跡が続きます。 |
約30分で城址へ到着 |
小谷山城址碑(奥にもあります) |
天守の形をした作り物と「城主 広瀬兵庫守」碑 |
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木の間から下の家を見ると標高差は150m〜200mと思われます |
GPS位置情報は目標物の測定位置が建物や遺構の中心でなく道路から辿るのに分かりやすく、
駐車場、鳥居、玄関などの場合もあります。その他の情報も2002年頃に現地で確認したものですので、
その後、道路拡幅などによる移転や行政合併特例法による市町村合併で市町村名の変更があるので
その後の情報でご確認ください。
シルバーの城郭城址の散歩道「大垣城周辺の城址09」(揖斐郡旧春日・谷汲・藤橋・徳山・坂内)